品川区中延二丁目旧同潤会地区
防災街区整備事業できるまで物語
中延二丁目旧同潤会
地区防災街区整備事業 座談会


防災街区整備事業の実情について当事者のお話を伺いました。
当初の検討会から参加され、事業と共に歩んで来られた旧理事の池田さんご夫婦と飯田さんご夫婦をお迎えし、さらに実際の事業に関わってきた旭化成ホームズの橋本、山崎にも加わってもらいました。
はじめに集まったのは権利者140名中、13名
橋本:旭化成が関わる前のことを少しお聞かせください。
飯田さん:2007年、品川区で整備事業の開始ということで、3、4回、区の説明会があったんです。そのあとに、主な人で勉強会、検討会を立ち上げましょうということで、そのときに集まったのが13人ぐらいでした。
飯田さん:最初の勉強会のときに、われわれで、各家庭を回って、「参加しませんか?」とお誘いするのですが、全く相手にされなくて。
池田さん:実現するわけがないっていう先入観があって、自分たちでやろうって意識が全然ないですから。

飯田さん:新しく家を建てた人も何人かいました。そういう人を説得するのは大変でした。
池田さん:お年寄りがけっこう多かったので、二度も引っ越しするとなると、ちょっと大変なんじゃないかなと。そこまで考えちゃうと、なかなか動けない。
池田さん:生まれ育ったところで、70年、80年住んで、俺はここで骨を埋めるんだ、と言う人がほとんどでしたからね。事業始まるのわかっていて建てた人もいた。
山崎:そのあと、区から合意形成の支援業務の公募があり旭化成ホームズが採択されました。半年で準備組合を立ち上げてくれと。
準備組合設立までの経緯。
司会:準備組合設立に向け旭化成がかかわるようになっていかがでしたか?
飯田さん:最初は、防災についての勉強会だった。それが、旭化成さんになってから、マンションをつくるんだという明確な目的へ進んでいくから、そこのところは全然違うと思います。
池田さん:何年もずっと停滞していて、いきなり半年でガッと準備組合まで動いたというのは、かなりセンセーショナルでした。
飯田さん:だいたい工程がよくわからなかったんです。大きなアウトラインというのは、聞いていましたが、ほとんどわかってない。それで、旭化成さんが入ってくれたでしょう。それまでお勉強的なところだったのが、実践になった。事業のゴールとして防災性能の高いマンションを創るとなったのです。

司会旭化成のかかわりで良かったことは?
飯田さん:住民との交渉・調整は理事会ではできないんです。住民は、ずっと何十年も顔見知りで、友達。同じ小学校に通って遊んだ仲間です。そういう人でも、こういう話になると別なんです。話しはできるけれども、説得はできない。
橋本:関係が近いと、逆にざっくばらんに言えないこともありますね。
飯田さん:旭化成さんが、朝早くや、夜遅くに同じお宅に何度もいらっしゃるのを見て、大変なお仕事だなと思って見ていました。普通なら、断られたらやめちゃうじゃないですか。
山崎:他社と違うのは合意形成力です。担当者は、もともとヘーベルハウスの戸建て営業の経験者が多くて、権利者のところに伺ってお話を伺うのに何のためらいもないんです。そういう経験値が違う。ご家族と対面して不安を解決し、一緒になって考えていくというところですね。
防災意識は高いけれど・・・
司会:2011年3月に東日本大震災がありました。それでみなさんの意識が変わりましたか?
池田さん:それが反対なのです。古い家がたくさんあったのですが、潰れた家が一軒もなかった。ただ、瓦が2、3枚落ちた家があって、それとアンテナが落ちたうちが一軒あったぐらい。丈夫なんだからまだまだ住める。(笑い声)
飯田さん:でも、私はあのときは本当に心配になった。

池田さん:若い人たちは、けっこう事業に賛成の人が多かったかなと思います。東日本のとき、もっと早くやってくれないかなって言っていました。
飯田さん:そのあとの糸魚川市大規模火災※、あれが印象的でした。
※2016年12月22日、新潟県糸魚川市大町の中華料理店で、火災が発生。焼損棟数は147棟、焼損床面積は30,213.45m²に及ぶ大規模火災となった。
橋本:怖いのはやはり火事ですね。今まで火が出たという経験はありましたか?
飯田さん:身近な経験だけでも、火事は4回ぐらいあります。一番小さいときは、小学校の低学年だったと思いますが、20メートルぐらいそばで火事があって、私は姉に背負われて逃げたんです。
池田さん:住民がバケツリレーで、まわりの家に水をかけて、延焼を抑えたなんていうこともありました。
飯田さん:たしかに住民の防災意識は高いと思います。でも、防災意識と自分が建て直すというのとは違うんですね。意識は高いけれども、これから2回も引っ越して、建て直すというのはしんどく感じるんです。
池田さん:昔からの顔見知りの人たちが、どんどん賛成のほうに回ってくれればスムーズにいくのですが、そうではなかった。私が庭をいじっているときに来て、「池田さん、これだけ土地があるんだったら、家を建て直して二世帯住宅にすればいいんじゃないの?」という人もいました。でもそうじゃない、私だけ二世帯住宅にしても、地域の問題が残るでしょう?防災ということを考えると、一つの目標に向かって全員が同じ方向に進んで行ったほうがいい。
飯田さん主人:本音を言えば、土地のある一戸建てのほうがいい。だけど防災・火災の不安とどっちを取るかと言われれば 災害の不安のほうが大きかった。
山崎:計画の進捗が見えてくると賛同される方も増え、当初の計画では2020年のオリンピック前の完成予定がほぼ1年以上早めて完成できた。
素晴らしいマンションに生まれ変わりました。
池田さん:新しい住居を見て、「こんなすばらしいところだったら、外に出ないで私も入居すればよかった」という人もいたそうです。こんなにすばらしいマンションになるとは思っていなかったでしょうね。これだったら2回引っ越して苦労するけれども、入居したときに「よかった」という実感が沸くと思います。
池田さん:外見がすごくいい。中に入ってもいいね。

池田さん:緑が多くなりました。それとこの人が一番変わった。タバコを吸わなくなったんです。
池田さん:まわりがうるさくて。(笑い声)孫から言われたり、妻から言われたり、きれいな部屋が汚れるからやめておけって。
飯田さん:一軒家と違って階段がないでしょう。それが一番よかった。
それと断熱性能が全然ちがう。本当に冬は暖かいし、夏は涼しいし。エアコンをかけたときの効きが違います。(少し割愛)
橋本:そうそう、「日照権の問題で、マンションが建てばここが暗くなっちゃう」と近隣から言われましたが、実際に建ってみたら、かえって昔よりまわりが明るいんじゃないかな。道路も広くなって、広場もできて。
山崎:結果的にマンションには従来の7割近い方が戻られました。以前の暮らしから何か変わったことありますか?
池田さん:以前より若い世代が多くなりましたね。子ども連れの。活気があっていいなと思います。
どんな街づくりを目指すか。具体的なイメージが欲しい。
司会:これから防災街区整備事業をお考えの方々に、アドバイスがあれば、お聞かせください
飯田さん:目標を決めてから話に入ったほうがいいのかなと思います。とくに合意形成するのに。意識調査や勉強会だけではなかなか前に進まない。具体的な事業のイメージを早期に出していただければ調整しやすかったのでは。それと、今の流行りの言葉で「街づくり」ってあるでしょう。でも漠然としすぎてわからなかった。 どんな「街づくり」を目指すかという目標がないと、話が発散しすぎてまとまらない。
池田さん:最後はこうなるんだという目標と計画をはっきり、道筋を立てた上で話し合ったほうが、住民もわかるんじゃないかという気がします。
飯田さん:あと町会との関係ですね。町会は、昔からある行政の末端組織なんです。その末端組織は初めから取り込んでおいたほうがいい。うちは最初から取り込めていなかったところがありましたよね。だから、最初から取り込んでおいたほうがもっと話が進んだかもしれないですね。


